研究計画の概要

研究課題 2014年8月豪雨により広島市で発生した土石流災害の実態解明と防災対策に関する研究

研究代表者 山本晴彦(山口大学 農学部 教授)

研究目的

秋雨前線により、2014(平成26)年8月20日未明に広島市北部で発生した短時間豪雨により、土石流災害が多発し、甚大な人的被害(9月2日現在、死者72名・行方不明者2名)が生じた。広島市や呉市では1999(平成11)年6月29日も、梅雨前線豪雨により死者31名の人的被害が生じており、今回の死者はこれを大きく上回った。豪雨は2時前から4時過ぎまでの約2時間半というきわめて短時間で、しかも安佐北区から南区にかけての北東-南西方向の長さ約10km、幅数kmというきわめて狭い範囲で豪雨域を形成し、人的・物的被害はこの豪雨域とほぼ一致している。

広島市は太田川の三角州を中心に市街地が形成され、人口の増加に伴い主に風化花崗岩に由来する土石流堆積物により形成された扇状地にも住宅地が開発されてきた。1960年後半からは高度経済成長による一戸建て住宅の需要が急増し、里山を切り開いて住宅地が形成された。1999(平成11)年の広島豪雨災害を契機に土砂災害防止法が制定され、2003(平成15)年には広島県内13ヶ所で初の警戒区域の指定が行われた。全国の土砂災害の危険箇所約52万ヶ所の内、警戒区域への指定は約7割の約35万ヶ所に達しているが、広島県内の危険箇所は全国最多の約3万2千ヶ所を抱えるにも関わらず、指定率は約37%にとどまっている。

このため、土砂災害の危険箇所の指定を受けない地域が数多く存在し、近隣の安佐南区や安佐北区では1999(平成11)年に土砂災害に見舞われていたにも関わらず、地域住民の防災・減災意識が十分に向上していない状況で、今回の災害に遭遇した。本年(2014年)は、西日本をはじめ全国各地で豪雨による土砂・洪水災害が頻発しており、今後もさらなる極端気象の増加が警告されている。そこで、本研究では、①短時間豪雨を発生させたバックビルディング現象の解明、②土石流源頭部の地形・地質特性および崩壊メカニズムの解明、③堆積土の力学特性および流動メカニズムの解明、④時系列的事象変化に着目した災害情報ならびに避難の実態検証と短期間大雨時における夜間の避難行動のあり方に係る提案、⑤土地開発規制等に関する検討を目的に、中国・近畿・九州地方の防災研究者を中心にオールジャパンで研究調査を実施する。

調査内容

本研究「2014年8月豪雨により広島市で発生した土石流災害の実態解明と防災対策に関する研究」は、研究代表者、研究分担者22名、および連携研究者6名の計29名を組織し、「①短時間豪雨を発生させたバックビルディング現象の解明(気象グループ)、 ②土石流源頭部の地形・地質特性および崩壊メカニズムの解明(地形・地質グループ)、③堆積土の力学特性および流動メカニズムの解明(地盤・流動グループ)、④時系列的事象変化に着目した災害情報ならびに避難の実態検証と短期間大雨時における夜間の避難行動のあり方に係る提案(災害予測グループ)、⑤土地開発規制等に関する検討(防災情報グループ)」の5つの課題を設定している。本研究組織の構成員は、土木学会、砂防学会、地盤工学会、日本応用地質学会、日本気象学会、日本自然災害学会、日本災害情報学会などの学会会員が中心で、自然災害研究協議会の中国地区部会(2014年4月設立)が中核となり、学会間・文理研究者の連携・融合を図りながら、研究調査を展開する。

(1)短時間豪雨を発生させたバックビルディング現象の解明

異常気象と呼ばれる30年に一度の時代から、近年は100年に一度やそれ以上のリターンピリオド(再現期間)で発生する想定外の極端気象が国内各地で発生している。今回、広島市の安佐北区・安佐南区で発生した土石流災害は、死者・行方不明者が70名以上にも及び、住家被害は全壊だけでも約30棟にも達している。豪雨は2時前から4時過ぎまでの約2時間半というきわめて短時間で、しかも北東-南西方向の長さ約10km、幅数kmという狭い豪雨域を形成しており、人的・物的被害は豪雨域とほぼ一致している。雨量強度は15mm/10分間で、最大3時間降水量も217.5mmに達しており、短時間豪雨としては近年でもきわめて稀な降水現象であり、積乱雲が風上で繰り返し発生して風下では雨が降り続ける「バックビルディング現象」によることが指摘されている。本研究では、安佐北区から南区にかけての北東-南西方向の長さ約10km、幅数kmという狭い範囲に短時間豪雨を発生させたバックビルディング現象を、広島市の東西に設置されたXバンドMPレーダ、気象庁アメダス、国土交通省や広島県の高密度雨量観測網による雨量計実測データ、JAXAとNASAが共同開発し、本年2月に打ち上げられた全球降水観測計画主衛星(GPM主衛星)に搭載された二周波降水レーダ(DPR)、GPMマイクロ波放射計(GMI)等を用いて解明する。その際、DEM情報を用いた地形状態と豪雨域との関係についても検討する。

(2)土石流源頭部の地形・地質特性および崩壊メカニズムの解明

ここでは、70名以上にも及ぶ死者・行方不明者が生じた崩壊・土石流の発生場とメカニズムを詳細に実態解明することを目的としている。発災から時間が経過すると土石流による堆積状況は行方不明者の捜索や復旧の過程で発災状況は大きく変貌し、発災時の土砂移動・堆積、住家被害等の現地調査がきわめて困難となる。このため、航空機によるレーザー測量を早急に行い、土石流発生地における地形解析を実施する。また、地質分布・構造、風化状況、新旧の崩壊地の分布、源頭部のパイピングホールの状況を、航空測量、UAV、現地踏査等を通じて明らかにする。さらに、崩壊の発生場を規制した地質と降雨との関連を、①の気象グループと連携して解明する。今回の災害では、初動調査から「花崗岩が風化して形成されたまさ土が脆弱なので崩壊が発生した」とされているが、実際には最も大きな被害の生じた八木地区では、花崗岩が貫入時に周囲に生成したホルンフェルスの風化物の崩壊と未風化岩の岩塊の混在が土石流の威力を強大にした可能性が高い調査結果もある。短時間集中豪雨に誘起される今回の崩壊・土石流の発生メカニズム解明、日本にも数多く見られる花崗岩地域のハザード評価研究に資するところが大きい。

(3)堆積土の力学特性および流動メカニズムの解明

ここでは「まさ土災害」とも言える今回の災害の特徴を地盤工学の観点から解明する。申請者らの現地調査によれば、崩壊土砂には普通に見かける砂質土としてのまさ土や風化した花崗岩とともに、わずかな粘性を有すまさ土や粘板岩などが確認された。この粘性や岩塊が捜索や復旧活動の大きな支障になっている。また、用水路や排水溝に詰まり、排水不良を生じさせているので、次の降雨によって再浸水被害を生じる可能性がある。調査では、これらの試料を現地で採取し、物理試験、透水試験及びせん断試験を実施し、崩壊土砂の土質工学的性質を明らかにする。また、データは申請者が保有する1999年6月29日の広島災害や2009年7月21日の防府災害のまさ土データと対比して、今回の崩壊・土石流を起こしたまさ土の力学特性の差異を明らかにする。また、今回のような極端な短期間集中豪雨下のまさ土の浸透特性やその時々あるいは定常状態に達した際の表層崩壊安定性を数値解析的に検討する。さらに、崩壊土砂の流動特性に関しては、実験的あるいは解析的アプローチによって、土砂移動や堆積状況について検討する。その際、上記②で得た航空レーザー測量から作成した細密DEMが有効利用できる。まさ土は中国地方だけでなく、全国的(例えば東北地方)にもみられることは広く認識されていない。この取り組みによって、まさ土が全国的に土砂防災上の問題となる土であることが強く認識され、今回の条件で解明したまさ土の工学的性質は防災対策に必ずや有効に反映されるものと考える。

(4)時系列的事象変化に着目した災害情報ならびに避難の実態検証と短期間大雨時における夜間の避難行動のあり方に係る提案

昨年(2013年)10月の台風26号の通過時に伊豆大島で発生した土石流災害において、夜間に発生した集中豪雨の際には住民への避難勧告のタイミングが遅かったとの指摘がなされている。大規模災害の発災前から各主体(地方自治体、気象台、地方整備局、自主防災組織、住民等)が迅速で的確な対応をとるためには、「いつ、だれが、どのように、何をするか」を、平時に明確に決定しておくとともに、それぞれ他の主体がどのような対応をとり、連携するのかを把握しておくことが必要となる。このことから、平時から各主体の協働による、防災行動計画を活用した取組みを行うことが重要である。ここでは、広島市や広島県の防災所管部署が当日に実施した防災情報の収集、避難勧告・指示の判断、地域住民への伝達、避難支援などについて、時系列的な調査を実施する。さらに、広島地方気象台、国土交通省中国地方整備局、JR西日本広島支店、広島県警察本部、広島市消防局等の行政機関、安佐北区および安佐南区の自主防災組織、地域住民に対して時系列的事象変化に着目した「災害情報ならびに避難の実態検証」の検証を実施し、①(短時間豪雨における10分間雨量データの有効性)や②と連携し、短期間大雨時における「夜間の避難行動のあり方に係る提案」を行う。また、今回の災害では甚大な犠牲者を生じたが、今後の犠牲者の軽減のためには、犠牲者の発生状況についての詳細な解析が必要である。そこで、過去10年間に実施した豪雨災害犠牲者に関する情報蓄積を元に、今回の犠牲者の特徴を明らかにする。

(5)土地開発規制等に関する検討

1999(平成11)年6月の広島豪雨災害を契機に、ハード面の対策の進捗よりも危険箇所の増加が早く進んでいる現実に対して、土砂災害の危険性がある区域に新たな住宅等の立地を抑制し、既存住宅の移転促進等のソフト面の対策を推進する法律の必要性が認識され、2001(平成13)年に土砂災害防止法が制定された。本法の施行を受けて、2003 (平成15)年には広島県内13ヶ所で初の警戒区域の指定が行われた。全国の土砂災害の危険箇所約52万ヶ所のうち、約7割の約35万ヶ所が警戒区域に指定されたが、広島県内の危険箇所は全国最多の約3万2千ヶ所を抱え、指定率も約37%にとどまっている。ここでは、今回の土石流被災地および周辺地域を対象に、警戒区域の指定状況調査、および並行して住民の土砂災害に関する意識調査を実施し、指定が遅れている個々の課題を分析し、早急に警戒区域の設定が進められるための方策を、地域住民の自主防災への理解の側面を含めて検討する。

研究経費 30,300,000円

計画概要(2014年広島豪雨)_09091815.pdf [317KB]